福岡ゴルフ倶楽部の歴史
 
福岡ゴルフ倶楽部を語る上で欠かすことのできない事といえば、
南加福岡青壮年会発足についてである。
県人会の老齢化に伴い若き世代の人材調達を目的に1973年5月に
南加福岡青壮年会が発足した。
初代会長である林富夫は当時サウスセントラル地区において夫婦で食料品店を
経営し、大変朗らかな性格で若者達に対し良き指導者であった。
林を筆頭に青壮年会発足時の主要メンバーである川口次男、柳尊、近藤重光、そして
ベン内山、安藤冨子を中心に、定例会議後、現在のリトル東京に直行し、
いかにして若い人々を集めるかの相談に明け暮れていた。
林は当時としては珍しく親子4人でゴルフを楽しんでいた柳の話を聞き、
県人会連合の中でも、広島県人会ぐらいしかなかったゴルフ倶楽部の発足に
向け行動を開始した。
初代ゴルフ倶楽部部長に柳尊、副部長には当時始まったばかりの日本語放送局にて
受信機の世話をしていた近藤重光を選任した。
近藤はまだまだ若く、ゴルフもうまく幅広い人脈を生かし多くのメンバー勧誘に尽力した。
また、ゴルフ女子部長としては当時宝石店に在職していた安藤冨子が選任され、
福岡ゴルフ倶楽部の優勝杯を寄贈すると共に、ゴルフトーナメント開催の為の
多くの賞品の寄付を集め、ビジネスにおいて養った人脈により多くの
女性プレーヤーの勧誘し、さらには福岡県出身者のみならず、他県出身者からも多くのメンバーの入会に尽力した。
また、日系社会には珍しいこのゴルフに対してより多くのメンバーを募るために
内山が73年の夏にはグループレッスン会を主催し、体制を整えた。
このようにして多くの若者を募ったゴルフ倶楽部は青壮年会への勧誘が目的であったが
福岡出身者だけではなく、他県出身者、一時滞在者も含めた多彩なメンバーに恵まれ、
大きく発展し、2004年には30周年記念トーナメントを実施するまでとなった。
現在の福岡ゴルフ倶楽部は2ヶ月に一回、偶数月にトーナメントを開催し、
その年の12月の最後のトーナメントでは親睦会を兼ねて夕食会も開催されている。
正式のメンバーとなるには最初の2回をゲストとして参加し、3回目からは正式のメンバーとして登録され各賞の受賞資格もできる会則であるが、一度参加した人は殆どメンバーに
なっている現状をみると大いに楽しい倶楽部となっていることであろう。

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