ポール テラサキ博士が、テラサキライフサイエンスビルディングの前で撮影。博士の今回の寄付は、過去最大のもの。
左から、リチャードテラサキ氏、エミコテラサキ博士、キーステラサキ博士、ポールテラサキ、セシリアテラサキ、スージーテラサキ、ジーンブロックUCLA学長、テラサキ博士、ヒサコテラサキ夫人、ビクトリアソークライフサイエンス学部学長

    Retired UCLA professor pledges $50 million to Westwood campus(前UCLA教授、ウエストウッドキャンパスに50ミリオンドル寄付宣言)


ロサンゼルスタイムズより

世界的に臓器移植のエキスパートとして著名なテラサキ ポール 一郎 博士が、5千万ドル(日本円にして約45億円)を、UCLA(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)の"ライフサイエンスビルディングとそのリサーチ施設の建立目的で、寄付すると宣言。博士の学業とキャリアの基礎を培い、その後、医師としてまた医療機器の発明者として功績を残すことができたのもUCLAへのお陰とそのお礼の気持ちをこめての今回の寄付となった。"わたしの現在の成功はUCLAに寄与するところが大きい"と日本に骨髄移植に関する講演にでかける前日のテラサキ博士の談。(6月13日付 LA Timesより) テラサキ博士、現在80歳、ロサンゼルス、ブレンとウッド在住、日本人を両親に持ち、米国生まれ(父は福岡県出身)、第二次世界大戦中は家族で住んでいたボイルハイツから強制収容所キャンプ(Gila 、River,アリゾナ州)に強制移動、青年時代をすごした、家族でシカゴに移転、皿洗いなどのアルバイトをしながら、家計を支え、同時に大学にもどって苦学する。カリフォルニアにもどりUCLAで学士、修士号、博士号を動物学で取得。その後UCLAの臨床現場にて臓器移植の名医として、数々の移植の成功を収める。現在もテラサキ博士によって、新しい臓器をうけとったサバイバーが数多く存在、ライフサイエンスビルディングのグランドオープニングに参加、人々に感動を与えた。また同博士の発明した、テラサキプレートは医療、科学関係の実験にはかかせない器具、この器具の発見により、臓器移植のマッチングを探すための多大な効率化が図れるようになる。テラサキ博士は世界初の腎臓移植バンクの設立者でもあり、組織適合性をリサーチ管理する団体をテラサキ博士とともに研究に献身してきた仲間と一緒にを立し、成功を修めている。
テラサキ博士の成功の裏には、多数の苦労がある。でもその苦しい経験は、強制収容所時代に、"いまより、より頑張って成功を成し遂げたい"という前向きの不屈の精神と貫いたことだ。(テラサキ博士談)
ライフサイエンスビルディングのグランドオープニングにあたって、UCLAのジーン ブロック学長は、"彼の功績は、多くの人々に影響を与える模範の人物像として、また科学者としての多大な功績である"と絶賛した。
2006年には、テラサキ博士、テラサキ夫人は、UCLAに5百万ドル(約5億円)の寄付を行い、日本と米国をつなぐ架け橋のひとつをこのUCLAに設立、ジャパンスタディーセンターを建立に貢献している。



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