山田哲義
(自己紹介)

博多商人の家に生まれる。実家は、中国を主たる取引相手にした貿易商社を経営。将来アメリカにも事業を拡大させるため、LA行きの飛行機に飛び乗った。高校を卒業した翌年1975年のことだ。僕は一人きりで、『天津甘栗をアメリカ人に売る』という、壮大なる野望を持ってやって来た。この国で揉まれ鍛え上げられたのは言うまでも無い。僕の起業家精神は父親譲り、否それ以上に旺盛であろうとも思われる。アメリカでは数多くの株式会社なる法人を設立した。勿論、解散して消えしまった会社の数も多い。その内の3社は現在も健全に経営中である(残念ながら、甘栗販売の会社は25年以上昔に解散となる)。10年程の社会経験を積んだ後は、故郷福岡に戻るという親との約束も、結果的には破ってしまう破目に・・。結局、渡米以来33年という年月が、あっという間に過ぎ去って行った。もうこうなれば、"やけのやんぱちバイ、ここ南カリフォルニアに骨ばぁ埋める覚悟で、生きていこう!"と思う。できるならば日米(特に福岡と南カリフォルニア)間の架け橋の一端を担えるよう、懸命に尽力したいと思っている。

《プロフィール》
山田哲義(やまだ・てつよし)
1955年福岡市にて出生。74年修猷館高校を卒業後、渡米。甘栗販売のかたわら、78年LA Valley College を卒業。82年潟|ピー・トラベル・オブ・カリフォルニアを設立、以来国際旅行業の開発・発展に力を入れる。 87年関連会社ポピー・エンタープライズ(貿易会社)を設立、96年オール・アメリカン・チケット(興行券販売)を設立、現在に至る。82年南加福岡県人会に入会、03年福岡青壮年会々長に就任、5期間務める。08年南加福岡県人会々長に就任。 妻と息子2人の4人家族。 趣味はゴルフ、読書、映画・音楽の視聴、そして数年前に習いはじめた小倉祇園太鼓の演奏。


 

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